ASIAN MONKEYとは

カンボジアにはごみ収集場に安定した職を持たない人々が集まります。
彼らの多くがごみ拾いを生業として生活をしている人々です。
そのような発展途上国独特の社会問題に取り組むためにASIAN MONKEYは2006年に設立された任意団体です。2009年7月よりごみ山はストウミンチェイ地区からボンチュンアイ地区へ移転されましたが依然、活動目標である
・ごみ山に頼る人々を増やさないように
・ごみ山に頼る生活から脱出できるように
・再びごみ山に頼らないように
の達成に向けてフェアトレードを中心に活動を続けています。
活動動機

ASIAN MONKEY 代表
飯田 洋平
1985年6月27日生まれ
今やカンボジアのゴミ山は社会問題として注目されていて数々のNGOが支援活動を行っていたり、噂を聞きつけたものが見学に来たりします。最初は僕もただの興味本位で足を踏み入れました。そこにあった現実は自分の想像を絶していて非現実的すぎる現実を目の当たりにしこれは夢かと思いました。
でも夢ではないのです。
頭のなかは真っ白となり目の前の現実を映画のように眺めていることしかできませんでした、鼻のもげそうな臭いのなか食事している人がいました、真っ黒な鼻水を出している少女を見ました、ふつふつと何ともいえない憤りが湧きあがりました。
その日からその漠然とした憤りは僕を何度も、毎日のように、そこに足を運ばせました。
ただただ憤っていました。なにも楽しくありません。
その日々の中、子供達は僕のすぐ横を集めたゴミが入った袋を引きずりながら追いかけっこをしていてその笑顔は日本の子どもとなんら変わらないもので彼らは自分のことをこれっぽちも惨めだとは思っていないとわかりました。
彼らには彼らの価値観がある。僕がどうこうするべきことではないのかもしれないそう思いましたが、どうにもこうにも納得はできず憤りと無力感だけが増幅していくだけでした。
そんな毎日のように通っていたある日、日本語がプリントされたビニール袋をみつけました。どうしてカンボジアに日本のビニール袋があるのか、日本に輸出されるはずのものだったのか、不良品であったためカンボジアに来て消費されたのか、それとも余剰品であったものがカンボジアに来たためかもしれませんでしたがそれを見たとき自分のなかにある憤りの正体がわかりました。
つまりこの現実は僕が作り出したものだったのです。僕の日本での日常生活すべての結果がこの現実なのです。僕の生活は物を買い、物を消費し、物をつくり、また物を買い、そんな毎日です。日本のゴミがカンボジアに直接来ているわけではありませんが、大量生産、大量消費、その潮流は世界中に影響を及ぼしこの現実を生み出したのだと感じました。この現実の原因を突き詰めていくとコンビニで買い物をしている自分にたどり着くのです。
僕のせいで、ある子どもはけがをして、ある子どもは病気になった。そう思います。すべては自分に対する憤りでした。僕のように、多くの日本人がスタディーツアーやなんやでカンボジアのこの場所を訪れます。見学します
そして、帰ります。
「いい経験になりました」「価値観が変わりました」
そういう言葉を口にします。それでいいのかと僕は思います。
マオトゥーアワイ。カンボジア語で「何しに来たの?」という意味です。
僕はよく彼らにこう聞かれました。答えることはできませんでした。ここを訪れた日本人はこの質問に答えられるのでしょうか?
「いい経験をしに来ました」「価値観を変えにきました」
そうやって胸を張って答えられるのでしょうか?
誰もが口を閉ざすはずです。
そんな質問が来るとは思っていないからです。みんな、なにもしないのです。
本当のところする気がないのです。
本当のところ見ればいいと思っているのです。初めて足を踏み入れたときの僕も同じでした。
この現実は僕の日常が作り上げたものです。
それなのに、なんにもしない自分。それに対する憤りが僕に何かしなければと追い立てます。このことに気がついて以来、日本の生活が虚しくなります。何も楽しくありません。メシもうまくありません。カンボジアにいる彼らの現実を作り上げながら日本でのうのうと生きる理由がわかりません。
納得できません。
これがすべての始まりです。